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長崎地方裁判所 昭和29年(ワ)487号 判決

原告 荒木政知

被告 江口光三

主文

一、被告は、原告に対し、原告から金四十三万円の支払を受けると同時に、之と引換に、別紙〈省略〉目録記載の建物(同目録記載の(ロ)(ハ)の建物)から退去して、同目録記載の土地(同目録記載の(イ)の宅地)を明渡さなければならない。

二、被告は、原告に対し、昭和二十九年三月二十日から、右明渡済に至るまで、一ケ月について、金千百円の割合による金員を支払わなければならない。

三、原告のその余の請求は、之を棄却する。

四、訴訟費用は、之を五分し、その二を原告の負担、その余を被告の負担とする。

五、本判決、原告に於て、金七万円の担保を供するときは、原告勝訴の部分に限り、仮に、之を執行することが出来る。

事実

原告訴訟代理人は、

被告は、原告に対し、別紙目録記載の土地(同目録記載の(イ)の宅地)(訴状及び訴状訂正書によると、明渡を求める土地は、別紙目録記載の宅地二十五坪四勺全部となつて居るのであるが、弁論の全趣旨と証拠調の結果とによると、明渡を求める部分は、右宅地の内、別紙目録記載の建物の敷地となつて居る部分の約十五坪であることが認められるので、右宅地二十五坪四勺は、その内の右約十五坪の誤記であると認める)上にある、同目録記載の建物(同目録記載の(ロ)、(ハ)の建物)を収去して、右土地を明渡し、且昭和二十九年三月一日以降、右明渡済に至るまで、一ケ月について、金四千五百円の割合による金員を支払はなければならない、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、別紙目録記載の土地(同目録記載の(イ)の宅地)(以下本件土地と称する)は、原告の所有である。

二、然るところ、被告は、何等の権原もないに拘らず、昭和二十九年三月一日以降、本件土地上に、別紙目録記載の建物(同目録記載の(ロ)、(ハ)の建物)(以下本件建物と称する)を所有して、之を不法に占有し、原告の所有権を侵害して居る。

三、而して、原告は、被告の右不法占有によつて、損害を蒙り、且将来も蒙るから、被告は、原告の既に蒙り、且、将来蒙るべき損害を賠償する義務がある。

四、右損害の額は、その賃料に相当する額を以て、相当額とするところ、その賃料は、一ケ月について、金四千五百円を以て相当とするから、右損害の額は、既往の分も、将来の分も、共に、一ケ月について、金四千五百円の割合による額である。

五、仍て、原告は、被告に対し、本件建物の収去並に本件土地の明渡を求めると共に、昭和二十九年三月一日以降、右土地の明渡済に至るまで、一ケ月について、金四千五百円の割合による損害金の支払を求める為め、本訴請求に及んだ次第である。

と述べ、

被告の主張に対し、

六、被告が、本件土地について、賃借権を有することは、之を否認する。

原告は、被告と、本件土地について、賃貸借契約を締結したことはない。

七、仮に、原被告間に於て、賃貸借契約が成立したとしても、原告は、本件土地を自己に於て使用する必用があり、之を理由として、本件訴状を以て、解約の申入を為し、その訴状は、被告に到達して居るから、右賃貸借契約は、既に、消滅に帰して居る。

八、被告が、本件建物を、その前所有者訴外尾崎徳美から買受け、その所有権を取得したことは、之を認めるが、同訴外人から、本件土地に対する賃借権の譲渡を受けた事実、及び被告が、右建物について、買収請求権を取得した事実は、共に、之を否認する。

右訴外人は、本件土地について、賃借権を取得したことはないのであるから、同訴外人から、本件土地に対する賃借権の譲渡を受けると言ふことは、あり得ないところである。従つて、被告が本件建物について、買取請求権を取得すると言ふことも亦あり得ないところである。

九、尚本件建物の時価が、金四十三万円であることは、之を争ふ。

と答ヘ

被告の再主張に対し、

一〇、訴外尾崎徳美が、原告から、本件土地について、賃借権を取得したことは、之を否認する。

原告は、右訴外人と、本件土地について、賃貸借契約を締結したことはない。

一一、右訴外人が、他から本件建物を買受け、その所有権を取得したことは、之を認めるが、その際、本件土地に対する賃借権を承継取得したことは、之を否認する。

一二、仮に、右訴外人に於て、本件土地に対する賃借権を承継取得したことがあつたとしても、それは、一時使用の為めの賃借権を承継取得したに過ぎないものである。何となれば、本件土地について、最初に賃借権を取得したものは、訴外弓削シヅエであるが、同訴外人の取得した賃借権は、後記事情によつて締結された賃貸借契約に基くもので、一時使用の為めの賃借権に過ぎないものであつて、その後、原告は、他の何人とも、本件土地について、賃貸借契約を締結したことがないのであるから、前記訴外尾崎徳美が、本件土地について、賃借権を承継取得したことがあるとすれば、それは前記訴外弓削シヅエの取得した右賃借権が、転輾、承継されて、右訴外尾崎徳美に至つたものと言ふ外はないから、同訴外人の承継した賃借権は、右訴外弓削シヅエが、当初に取得した、前記賃借権、即ち、一時使用の為めの賃借権を承継取得したものに外ならないからである。故に、右訴外尾崎徳美の取得した本件土地に対する賃借権は、借地法の適用のないものであり、従つて、右訴外人から、その譲渡を受けたとしても、買取請求権は、之を取得するに由ないものである。

原告は、昭和二十二年九月頃、訴外弓削シヅエの懇請によつて同訴外人と、本件土地について、之にバラツク建の店舗を建て野菜の立売場に使用する約定で、一時使用の為めの賃貸借契約を締結した。当時、原告は、広島市に居住し、訴外西日本重工業株式会社広島造船所に勤務して居たのであるが、既に、老齢で、退職も間近いことであつたので、退職後は、長崎市に帰り本件土地に店舖を築造して、営業を営み、老後を養ふ心算であつたから、本件土地を右訴外人に賃貸する考はなかつたのであるが、同訴外人の懇請があつた為め、止むなく、原告に於て、退職その他の事由によつて、之を使用する必要が生じたときには、原告の請求に応じ何時にても、之を原告に明渡す旨の特約を附し、右契約を締結した次第であつて、この為め、建物も、バラツク建のものを築造することを許したに過ぎなかつたのである。従つて、右訴外弓削シヅエの取得した賃借権は、一時使用の為めの賃借権に過ぎないのであつて、借地用の適用のある賃借権を取得したものではない。

一三、仮に、前記訴外尾崎徳美の取得した賃借権が、一時使用の為めの賃借権でないとしても、その賃借権は、前記の次第で、前記訴外弓削シヅエの取得した賃借権を承継したものであるところ、その賃借権には、前記特約が附されて居り、従つて、右訴外尾崎徳美は、その特約附の賃貸借権を承継取得したものであるから、被告に於て、同訴外人から、右賃借権を承継取得したとすれば、右特約も亦、之と共に、当然承継されて居る筋合であつて、その後、原告は、前記会社を退職し、本件土地を使用する必要が生じたので、右特約に基き、昭和二十九年三月中、被告に対し、本件土地の明渡を請求し、更に同年七月十四日、長崎簡易裁判所に、調停の申立を為してその明渡を請求し、その後、更に本件訴状の送達を以て、同様の請求を為して居るから、被告の取得した右賃借権は、右何れかの請求によつて、既に、消滅に帰して居るのであつて、この様な場合には、買取請求権は、発生しないのであるから、被告には買取請求権はない。

と答へ、

被告の再々主張に対し、

一四、訴外尾崎徳美によつて承継された、前記一時使用の為めの賃借権が、右訴外人の時に至つて、借地法の適用を受ける通常の賃借権に変更されたことは、之を否認する。

と述べた。

〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、

原告の請求を棄却する旨の判決を求め、答弁として、

一、本件土地が、原告の、本件建物が、被告の、各所有であること及び右建物が、右土地上に存在し、被告が、之を所有することによつて、右土地を占有して居ることは、孰れも、之を認める。

二、被告の右土地に対する占有の始期が、原告主張の日であること及び右土地の賃料相当額が、原告主張の額であることは、共に之を争ふ。

被告が、右土地の占有を始めたのは、昭和二十九年三月二十日であり、又、右土地の賃料相当額は、一ケ月について、金千八百円の割合である。

三、本件土地に対する被告の占有が、不法占有であることは、之を否認する。

被告は、本件土地について、賃借権を有する。即ち、被告は、昭和二十九年三月十日、原告と、直接、本件土地について、賃貸借契約を締結し、建物の所有を目的とする、期間の定のない賃料を一ケ月金千八百円とする賃借権を取得して居る。而して被告は、之に基いて、本件土地を占有して居るのであるから、その占有は、正当権原に基く占有であつて、不法占有ではない。

四、仮に、右賃貸借契約締結の事実が、認められないとすれば、被告は、昭和二十九年三月中、本件建物を、その前所有者訴外尾崎徳美から買受け、その所有権を取得すると共に、同訴外人から、同訴外人が有した本件土地に対する賃借権の譲渡を受けたものであるところ、その譲渡について、原告の承諾が得られなかつたので、被告は、原告に対し、本件建物の時価による買収請求権を取得して居るから、本訴に於て、(昭和三十年十二月十三日午前十時の口頭弁論に於て)、之を行使する。従つて被告は、右建物の代金の支払を受けるまで、本件土地の明渡を拒絶する権利を有するから、原告の右明渡請求に対し、この権利を行使する。

尚右建物の時価は、金四十三万円である。

と述べ、

原告の再主張に対し、

五、原被告間に於て為された前記賃貸借契約が、原告の解約申入によつて消滅に帰した事実は、之を否認する。原告には、解約申入の権利はない。

六、訴外尾崎徳美は、昭和二十五年頃、原告と直接、本件土地について、賃貸借契約を締結し、右土地について、賃借権を取得して居たものである。

七、仮に、右訴外人が、原告から賃借権を取得したことがなかつたとしても、同訴外人は、本件建物を、他から買受け、その所有権を取得したものであるところ、その所有権取得の際、その前所有者から、本件土地に対する賃借権を承継取得したものであるから、本件土地について、賃借権を有して居たものである。

八、以上の次第で、何れにしても、右訴外人は、本件土地について賃借権を有して居たものであつて、被告は、之を同訴外人から譲渡を受けたのであるが、原告の承諾が得られなかつたので、買取請求権を取得するに至つたものである。

と答へ、

原告の再々主張に対し、

九、本件土地について、当初、訴外弓削シヅエが、原告から、賃借権を取得し、その後、それが転輾承継されて、訴外尾崎徳美に至り、次いで、被告が、右訴外人から之を承継したことは之を争はないが、右賃借権が、一時使用の為めの賃借権であつたことは、之を否認する。

右賃借権は、成立の当初から、借地法の適用を受ける通常の賃借権であつたものである。

尚賃借権に、原告主張の様な特約の附されて居た事実及び原告主張の諸事情の存在した事実は、共に、不知。

一〇、仮に、右賃借権が、その成立の当初に於て、一時使用の為めの賃借権であつたとしても、その後、訴外尾崎徳美の時に到り、借地法の適用のある、通常の賃借権に変更されて居るから、被告の承継した賃借権は、借地法の適用を受ける通常の賃借権である。従つて、被告は、買取請求権を取得して居る。

一一、原告主張の各日頃に、原告から、夫々、その主張の方法による、明渡の請求のあつた事実は、之を争はないが、その何れかの請求によつて、被告の承継取得した賃借権が、消滅に帰したことは、之を否認する。

と答へた。

〈立証省略〉

理由

一、本件土地が原告の、本件建物が被告の、各所有であること、及び右建物が、右土地上に存在し、被告が、之を所有することによつて、右土地を占有して居ることは、当事者間に争のないところである。

尤も、証拠調の結果によると、右建物の内、別紙目録記載の(ハ)の建物は、被告に於て、右土地占有後に建増したものであることが認められるのであるが、その建増によつては、その占有関係に何等の変動も来さないので、爾後の判断に於ては、従前から存在したと同様に取扱ふ。

二、(イ) 而して、被告が、右土地を占有するについて、原告に対抗し得る何等の権原も有しないことは、証人荒木キクヱ、同松崎英彦の各証、及び原告本人の供述(第一、二回を通じて)、並に成立に争のない甲第三号証を綜合して、之を肯認することが出来る。右認定に反する証人弓削シヅエ、同芦津初男、同尾崎徳美の各証言並に被告本人の供述(第一、二回を通じて)は、前顕各証拠に照し、措信し難く、成立に争のない甲第四号証、同第八号証ノ二、同第九、十号証の各存在は、前顕各証拠の存在することによつて、右認定を為す妨げとはならないのであつて、他に、右認定を動かすに足りる証拠はない。

(ロ) 被告は、この点について、原告と直接、賃貸借契約を締結し、賃借権を取得して居る旨主張するのであるが、双方の提出援用に係る全証拠と、弁論の全趣旨とを綜合すると、被告が、本件土地を占有するに先ち、(昭和二十九年三月中)、原告と、賃貸借契約締結の交渉を為したこと、及びその交渉が、妥結に近づきながら、賃料額の点に於て、折合がつかず、その為め、その交渉は、妥結に至らず、結局、右契約は、不成立に終つたことが認められるので、被告の右主張は、之を排斥せざるを得ない。

証人弓削シヅエ、同芦津初男、同尾崎徳美の各証言並に被告本人の供述(第一、二回を通じて)中、右認定に反する部分は、採用し難く、甲第四号、同第八号証の二、同第九、十号証は、右認定の妨げとはならず、他に、被告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

三、右認定の事実によると、被告の本件土地に対する占有は、(原告に対する関係に於ては)、何等の権原をも伴はない占有であると言ふべく、而も、被告は、故意、若くは、少くとも過失によつてその権原のないことを知らないで、右占有を為して居ることが、双方の提出採用に係る全証拠と弁論の全趣旨とを綜合して、知られるので、被告の右占有は、不法占有であると断ぜざるを得ない。而して、訴外尾崎徳美が、本件土地に対し、賃借権を有し、之に基いて、右土地上に本件建物を所有して居たこと、

及び被告に於て、右建物を買受け、昭和二十九年三月二十日、その所有権を取得したことは、後記認定の通りであるから、被告は、右所有権の取得と共に、右賃借権の譲渡を受けたものであると解するのが相当であるところ、その譲渡について、原告の承諾がなかつたと解せられること、後記の通りであるから、原告に対する関係に於ては、右賃借権の移転はなかつたものと言はざるを得ない。さうすると、右賃借権は、依然として、右訴外人に於て、之を保有して居たことになるのであるが、証人尾崎徳美の証言と、証人荒木キクヱの証言並に、原被告各本人尋問の結果(孰れも第一、二回を通じて)とを綜合して考察すると、右訴外人は、本件建物の所有権が被告に移転した後に於ては、右賃借権を保有し、之を行使する意思は、之を抛棄したものと認められるので、右訴外人は、右建物の所有権移転後、右賃借権を抛棄したものと解するのが相当であるから、右賃借権は、その時を以て、消滅に帰したと言ふことが出来る。

従つて、原告は、被告の右不法占有によつて、損害を蒙り且蒙るべきことが明白であるから、被告は、原告に対し、その占有を始めた時から、その終了に至るまで、その既に蒙り、且、蒙るべき損害を賠償する義務がある。

四、(イ) 被告に於て、本件土地の占有を始めた日が、原告主張の日であることについては、之を認めるに足りる証拠がないのであるが昭和二十九年三月二十日から、被告に於て、その占有を始めたことは被告の自認するところであるから、同日を以て、被告が右占有を始めた日であると認定する。

(ロ) 損害額については、原告は、一ケ月について、金四千五百円の割合による額であると主張するのであるが、被告の不法占有によつて、右割合による額の損害を蒙り、且蒙るべきことは、之を認めるに足りる証拠がないので、右額を以て、損害額とすることは出来ないし、又、賃料相当額が、一ケ月について、金千八百円であることは、被告の自認するところであるが、被告の不法占有によつて、一ケ月について、同額の損害を蒙り、且蒙るべきことは、之亦、原告の立証しないところであるから、右額も亦、損害額とすることは出来ない。しかしながら、証人尾崎徳美の証言によると、原告は、被告が、本件土地の不法占有を始る直前に於て、一ケ月について、金千百円の割合による賃料を現実に得て居たことが、明白であるところ、その後被告の不法占有によつて、それを得ることが出来なくなつたのであるから、爾後、同額の得べかりし利益の喪失があり、従つて、原告は、爾後、同額の損害を蒙り、且、蒙るに至ると言ひ得るから、右損害額は、(既往の分も、将来の分も、共に)、右の額であると認定する。

(ハ) 従つて、原告は、被告に対し、昭和二十九年三月二十日から、本件土地の明渡済(不法占有の終了する時)に至るまで、一ケ月について、金千百円の割合による限度に於て、損害金の支払を求め得るが、(将来の分も、本件の様な場合は、訴訟経済上予めその請求を為すことができる。)その余は、之を求めることが出来ない。

五、(イ) 而して、本件土地に対する被告の占有が、前記の通りである以上、原告が、被告に対し、本件建物の収去と、右土地の明渡とを求め得る権利を有することは、多言を要しないところである。

(ロ) 併しながら、証人尾崎徳美、同荒木キクヱの各証言並に原被告各本人尋問の結果(孰れも、第一、二回を通じて)と、成立に争のない乙第一号証と、前記認定の事実(前記第二項(ロ)に於て認定の事実)とを綜合すると訴外尾崎徳美は、本件土地上に存する本件建物を、他から買受けて、その所有権を取得し、その後、原告と、右土地について、賃貸借契約を締結して、それに対する賃借権を取得し、爾来、之に基いて、右土地上に、右建物を所有し来たつたのであるが、昭和二十九年三月初旬頃に至り、被告と、右建物について、売買契約を締結し、同月二十日、被告に於て、その所有権を取得したのであるが、)(売買契約の成立は、三月初旬頃であつたが、同月二十日に、代金の支払が為されると共に、その引渡があつたので、その所有権の移転は、同日、為されたものと認める。従つて、被告の本件土地に対する占有は、同日から始まつたこととなる。これは、前記認定と一致する。)、これより先、被告は右訴外人と、右売買契約を締結したので、その敷地である本件土地について、賃貸借契約を締結する為め、同月十日、右訴外人と同道して、原告方を訪れ、原告と、右契約締結方の交渉をしたのであるが、賃料額の点に於て、折合がつかず、右契約の締結は、結局、不成立に終つた事実を認定することが出来るのであつて、以上の認定の事実に弁論の全趣旨を参酌して、考察すると、原告が、被告の、本件土地についての、賃貸借契約締結の交渉に応じなかつたことは右土地について、被告と、賃貸借契約を締結することを拒むと共に、訴外尾崎徳美の有する、右土地に対する、賃借権の承継即ち、被告に於て、その譲渡を受けることをも承諾しなかつたものと解することが出来る。

従つて、被告は、之によつて、原告に対し、本件建物の時価による買取請求権を取得したものと言はなければならない。(本件建物は、訴外尾崎徳美に於て、之を築造したものではなく、他から買受けたものであることは、前記認定の通りであるが、その所有権取得後、その敷地たる本件土地に対し、賃借権を取得し、その後、この権原に基いて、右土地上に右建物を所有して居たことも亦、前記認定の通りであるから、それは、右訴外人がその権原に基いて、之を右土地に附属せしめた場合と同視し得るのであるから、その後に於て、その所有権を取得した被告に対しては、借地法第十条の規定の適用があると言はなければならない。)

(ハ) この点について、原告は、訴外尾崎徳美は、本件土地について原告から、賃借権を取得したことなく、従つて被告に於て、右訴外人から、その譲渡を受けると言ふことは、あり得ないところであると主張するのであるが、右訴外人に於て、原告から、本件土地に対する賃借権を取得したことは、前記認定の通りであるから、原告の右主張は、之を排斥する。

(ニ) 而して、被告は、本件の昭和三十年十二月十三日午前十時の口頭弁論に於て、右買取請求権を行使したのであるから、原告は之によつて、時価を以て、本件建物を買受けたことになり、同日その所有権を取得すると共に、時価による代金の支払義務を負担するに至つたものである。

(ホ) 而して、右所有権の取得によつて、本件建物の収去を求める権利は、消滅に帰したから、その収去を求める部分の請求は、失当たるを免れない。

(ヘ) しかしながら、右建物の所有権の移転は、その敷地たる本件土地に対する占有権の移転を包含して居ないと解せられるから、(何となれば、買取請求権を有する被告が、その権利を行使しても、その権利行使の意思表示には、占有権移転の意思表示は包含されて居ないからである。又、右権利行使の意思表示がなされたからと言つて、之によつて、占有の改定があつたと解することも出来ないからである)、(通常の売買契約が為された場合は、占有改定に関する合意が成立して居ると解される場合が多いであらうが、買取請求権行使の場合は、形成権の行使であつて、権利者の一方的意思表示によつて売買が成立するに至るのであるから、占有改定を認める余地は、殆んどないと言つて良い。)、被告の右土地明渡の義務は、依然として存続して居るのであるが、右権利行使後に於ける本件土地に対する被告の占有は、本件建物の占有を為すことによつて(右建物の占有を介して)為されて居ると言ひ得るから、被告は、右建物から退去することによつて、右土地を明渡す義務がある。

(ト) しかしながら、被告の右退去義務は、前記権利の行使に基く売買の成立によつて生じたものであるから、原告の被告に対する、時価による前記代金の支払義務と同時履行の関係にあると言ひ得るから、被告に、同時履行の抗弁権があり、従つて被告の為した右抗弁権の行使は理由がある。

尤も、右抗弁権は、原告の右代金の支払によつて、消滅に帰するのであるから、原告に於て右代金の支払を為すことによつて、右建物からの退去による本件土地の明渡請求は、正当となる。従つて、右土地の明渡を求める部分の請求は、原告に於て、先づ右代金の支払を為すことの条件を附した限度に於て正当である。

六、本件建物の時価は、金四十三万円を以て相当額であると認める。蓋し、右建物は、被告が、訴外尾崎徳美から、前記認定の日に、代金四十三万円で買受けたものであることが、証人尾崎徳美の証言並に被告本人の供述(第一、二回を通じて)によつて認められると共に、その後に於て、その価額が、右の額以下に下落した事実のあることを認めるに足りる証拠がなく、又、右代金中に、賃借権の価額が包含されて居ると言ふ証拠もないので、右代金額を以てその時価相当額であると認めるのが相当であるからである。

七、而して、被告の本件建物買取請求権の行使によつて取得した同時履行の抗弁権の行使は、

本件土地に対する占有を正当化するものではないから、右抗弁権行使後に於ても、被告の右土地に対する占有は、不法占有たることに変りはない。従つて、原告は、被告の右権利行使後に於ても、その明渡済に至るまで、前記割合による損害の賠償を求める権利を有する。

(右抗弁権は、建物について発生したものであつて、その敷地に関して生じたものではない。従つて、それは、建物について、之を行使し得るが、その敷地については、行使し得ないものである。故に、偶々、建物の占有を介して、その敷地に対する占有が成立して居ても、その権利の行使は、その敷地に対して、之を行使したことにはならない。尤も、その敷地に対する占有は、建物を介して成立して居るのであるから、建物に対する占有の継続する限りその敷地に対する占有も亦継続することは勿論であるが、それはその敷地の占有が、建物の占有を介して成立して居ると言ふ関係がある為に偶然生じた結果に過ぎないのであつて、言はば、抗弁権行使の反射的効果に過ぎないものであるから、その敷地に関しての権利の行使にはならないのである。従つて、右権利の行使は、之によつて、建物の明渡が延期される結果、之に伴つて、その敷地の明渡も延期されると言ふ事実状態が発生するだけのことであつて、その敷地の占有を正当化(権原ある占有化)することは出来ないものである。故に、右権利の行使は、その敷地に対する占有の性質を変化せしめるものではないと言はなければならない)。

八、仍て、本訴請求中、本件建物の収去を求める部分は、失当であるから、之を棄却し、本件土地の明渡(但し本件建物からの退去による土地明渡)を求める部分は、原告に於て、金四十三万円の支払を為すときは、正当であるから、原告に於て、被告に対し、金四十三万円の支払を為すことを条件として、(但し、之と引換に)その請求を認容し、損害金の支払を求める部分は、昭和二十九年三月二十日から、土地明渡済に至るまで、一ケ月について、金千百円の割合による損害金の支払を求める部分は、正当であるから、之を認容し、その余の部分は、失当であるから、之を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条、第九十二条を仮執行の宣言について、同法第百九十六条を、夫々適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 田中正一)

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